FOLIOからfreeeに転職します

2019年1月20日付で株式会社FOLIOを退職し、2019年1月21日付でfreee株式会社に入社します。

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FOLIOで何をしてきたか

FOLIOでは2017年4月にテックリードとしてジョインし、その後Head of Engineeringへと名称が変わり、その後病気による休職を経て復職し、シニアソリューションアーキテクトとして働いてきました。 たった1年8ヶ月ほどの在籍でしたが、非常に密度の濃い日々を過ごしてきた気がします。

今回はせっかくなので生々しい話も含めて在籍中の思い出を語ってみたいと思います。

FOLIOとの出会い

FOLIOを知ったのは2017年の2月頃、この記事を見つけたのがきっかけでした。

newspicks.com

前職の先輩であるbitFlyerのCEO加納さんのこのようなコメントをみて、プロダクトリリース前でのこの期待値はすごいな、面白そうだな、と思った記憶があります。

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さっそくコーポレートサイトのトップページにあった「採用に興味がある方はこちら」のフォームから応募しました(意外に思われる方も多いかもしれませんが、立ち上げ期のスタートアップに入りたいのであれば、このやり方が一番手っ取り早いです。)。

面談ではCEOとCDO、そして全てのエンジニアたちと話をしました。とにかく皆優秀なエンジニアたちで、話をしていてほんとうに面白かった。話をしている中で、βリリースに向けての課題は山積みで、とくに証券会社の複雑なシステムを作り上げる上で、エンジニアリング上の課題を理解しつつビジネス側の要求を整理し、期待値を調整しつつ開発プロジェクトを推進していけるようなシニアな人材が当時おらず、自分がそこにフィットしそうだと感じました。

初日でほぼ気持ちはかたまり、2日目の面談で条件面をすり合わせ、オファーをいただきその場で承諾しました。

βリリースに向けた戦い

当時は2017年の5月8日がβリリース日として設定されていました。私の正式入社日が5月17日の予定だったのですが、正直そんな悠長なことを言っていられないくらい開発が切羽詰まっており、2017年の4月6日から有給消化期間を利用して開発のお手伝い(という名の怒涛のプロジェクトマネジメント)を始めます。

思い出深いのが4日6日の初出社日。とにかく現状把握のため、βリリースに関わるエンジニア全員と1 on 1をしました。そこでわかったことは惨憺たるものでした。

  • そもそもの機能要件からして未確定なものがある
  • インフラ人員がアプリケーション開発を手伝っており、肝心のインフラ整備が追いついていない
  • 開発スケジュールのつくりかたも積み上げ式の見積もりではなく、5月7日ありきの逆算型でつくられている
  • その他細々した問題が山積み

Webサービスとはいえ、お客様のお金を預かる証券会社のサービスです。たった1日のヒアリングでしたが、正直1ヶ月後にβリリースを控えた開発状況とはとうてい言えない肌感を得ました。もうこの時点で既にデスマーチの様相を呈しており、エンジニアたちも疲弊している状況でした。早速CEOをつかまえて1ヶ月後のβリリースは非常に危険な状態であることを伝えます。が、このとき自分のコミュニケーションの浅はかさに気づきます。

自分としては当然危険な状況であることが肌感としてわかったのでそれをそのままCEOに伝えたのですが、CEOにしてみればそのころはバーンレートも急激に上がってきた段階で、ビジネスプランのフィージビリティも投資家からガツガツつめられたりするような情勢の中、安易なスケジュール遅延は到底受け入れられません。初日に来たばかりの新参者のたかが肌感で、「1ヶ月後のリリースは無理だ、遅らせる必要がある」と言われても、はいそうですかと言えるわけがないのです。

私としてもこの時点では開発の責任者を請け負っているので、安易にデスマーチを受け入れるわけにはいきません。それこそ無理な開発スケジュールで開発を強行することによってビジネスが破綻してしまう可能性さえあるのです。初日からガチバトルです(健全なバトルだったと思います)。

とにもかくにも、CEOからは現状の精査をもう少し解像度の高い形でしてくれとの要請を得て、その日はおさまりました。

ここから怒涛の日々が始まります(*注:入社前)。

3日後には開発の現状をまとめたプレゼンを経営陣と開発PM陣にし、今の開発状況で技術的負債がどのような形で蓄積されているのか、このまま1ヶ月後のリリースを見据えて開発を続けた場合にどのようなネガティブインパクトが起こりうるのかを切々と語りました。

経営陣にはある程度納得してもらったところで、今度は10日後の取締役会(実態は投資家全員が参加する株主総会)で投資家たちにスケジュール変更の提案をするように要請されます。

さらに怒涛の日々を過ごし、見積もりを精緻化させ、取締役会に備えます(*注:入社前)。

取締役会では、開発現状のポジティブ面ネガティブ面の両面をうまく見せながら、積立方式の見積もりでゼロバッファーで見積もった場合に6月19日が最短のスケジュール(ただし達成確立は50%以下)、そこをマイルストーンとして置いて開発を進めると結果として2週間後の7月3日のリリースを目指すのがおおよそ70%ラインというお話をしました。

いろいろ突っ込まれるかとヒヤヒヤしていましたが、投資家達はおしなべて理解を示してくれて、このスケジュールで進めていこうという合意がなされました。

しかしながら、この時点では「絶対無理なデスマーチ」が、「普通のデスマーチ」に変化しただけなので、全く油断ができません。ここからもエンジニア達とともに開発にいそしむ怒涛の日々が始まります(*注:入社前)。

その後5月17日の入社日も無事迎えることができ、エンジニアたちとβリリースに向けて走り続けます。

結果としては、達成確立70%の見積もりラインを4日だけ超えて無事に7月7日にβリリースを迎えることができました。(せっかくのリリースなので、7月7日の七夕かつゾロ目がよいのではという判断なので実際はもうすくし早く開発は終えてました)。これに関しては、見積もりとほぼ違わずにリリースできたというサクセスストーリーでもあるのですが、無理な見積もりを強行せざるを得なかったというバッドストーリーでもあるので両面から語り継いでいきたい話ではあります。

https://story.folio-sec.com/n/n6576f573e5b6

非常に産みの苦しみの大きい最初のリリースでしたが、ただでは転ばないのかFOLIOのエンジニア達のすごいところ。チームとしてβリリース後も大小さまざまなプロジェクトを経験してきましたが、まっちゃらはそれらから学んだ見積もりの手法の重要性を理解し、下のような素晴らしい資料をつくって社内での勉強会を開いてくれたりしました。

matsu-chara.hatenablog.com

とにかくFOLIOのエンジニアたちはさまざまな困難を踏み抜いても、それを自分たちの血肉にしていく強さを持ち合わせていると感じます。とても貪欲でかつ知的好奇心に溢れる技術集団で、自分としても今後も見習っていきたいなと思います。

証券会社としての業務システム「PORT」という概念の導入

もともと証券会社でエンジニアとして12年間働いていた経験から、証券会社におけるバックオフィスのシステムの重要性は身にしみて理解していました。証券サービスを提供するにあたっては、口座開設のワークフロー、顧客や自己ポジションの管理、現金残高の管理、コンプライアンスによる売買審査等々、さまざまな証券業務を支えるバックオフィスシステムを開発・運用する必要があります。さらに、バックオフィスシステムのユーザーは社内の同僚であり、これらの業務システムを協力して大切に育てていきたい性質のものだという考えを持っていました。

バイモーダル戦略で言うところのSoE(System of Engagement)がFOLIOWebサービスやモバイルアプリに相当するシステムであり、SoR(System of Record)がこれらバックオフィスシステムに相当します。

FOLIOにジョインした当時は、リリース前でそもそも社内の証券業務部の人員も存在しない時期だったため、経営陣もクリエイター陣もとくにこの辺の肌感や重要性が共有されておらず、バックオフィスの業務システム自体が(意図せず)軽視されていました。開発見積もりにおいても単に「管理画面」と呼ばれ、非常にモチベーションの低い対応がなされていました。

このような状況を改善するためバックオフィスの業務システムの名付けからスタートすべき、と言う話をして(*注:入社前です)、「PORT」という名前が付いたと言う話を下のブログに書いています。 itohiro73.hatenablog.com

ここからさらに、シンプルにSoEとSoRの2分割では足りないよーといろいろ掘り下げてくれたのが現バックエンドエンジニアリードのむらみんです。詳しくは下のブログをご覧ください。

t-and-p.hatenablog.com

クリエイターブランディングチームの導入とScala人材採用へのインパク

私がFOLIOにジョインした2017年4月当時は、全社員が20人そこそこ、半分の10人ほどがクリエイター(デザイナー+エンジニア)と少人数で、証券会社をつくりあげていくにはとにかく人手が足りない状況でした。今後組織を拡大していくにあたって、目先の開発のみに注力するだけではなく採用を強化するためにも、クリエイターのブランディングを確立していくことは非常に重要だという認識を持っていました。デザイナーに関してはCDOである広野氏が当時でも十分すぎるくらいのブランディング力を発揮していましたが、当時はまだ確立していなかったFOLIOのエンジニアのブランディングも強化していきたい想いがありました。

フロントエンドエンジニア、バックエンドエンジニア、インフラエンジニア(現在はSREと呼んでいます)、アプリエンジニア等々さまざまな職能で組織を拡大していかなければいけない中で、一番採用に関してチャレンジングであった領域が、バックエンドを支えるScalaエンジニアでした。Scalaエンジニアはとにかく人材市場規模が小さく、まだ知名度のないFOLIOにとっては採用をしかけていくのが非常に大変だったのです。

当時モヤモヤと思い描いていたブランディング戦略としては、バックエンドエンジニアの何名かがJavaのコミュニティ内である程度の訴求力をもっていたため、Scalaユーザーも一定数いるJavaコミュニティでの認知を増やしていければいずれScalaコミュニティにも波及し、Scalaエンジニアの採用へとつながるのではないかという漠然とした考えを持っていました。

漠然とはしていましたが、持てる力はすべて出し尽くそうという考えのもと、入社直後からアクセル全開で攻めていきました。

とれる戦術の順序としては、『Javaコミュニティでの認知の拡大』→『技術的な実績づくり』→『Scalaコミュニティでのさらなる認知の拡大』です。

当時ほぼ同時期に入社したJava女子部部長であるよこなさんとともに、まずはバズりそうな入社エントリーをダブルで出稿します。

ihcomega.hatenadiary.com

itohiro73.hatenablog.com

この時点でJavaコミュニティに対しては、「おっ?FOLIOってなんだ?」という小さな認知の拡大をもたらせた気がしています。

この後のJJUG CCCで話したのが、技術的にも非常に面白いテーマであるテンポラルデータモデルとReladomoのお話。これが見事にバズります(407はてブ)。これは狙ってもなかなかできるものではないので、自分でもビックリしました。 b.hatena.ne.jp

そして、ここで奇跡が起きます。

なんとScalikeJDBCの開発者である瀬良さんが興味を持ってくださいました!

FOLIOでは証券会社として履歴にまつわる機能要件が非常に多く、もともとReladomoをScalaから使えるようなライブラリーをつくっていきたいと考えていました。しかし、上記のようにβリリースに向けての多忙に見舞われる中で、自分で開発に携わるのは相当厳しい情勢でした。そんな中、瀬良さんに手伝っていただければScalaのラッパーを書けるのでは!と盛り上がります。

速攻DMで連絡し、いろいろとお話をさせていただいたのちに業務委託として「ReladomoのScalaラッパーをOSSとして開発」していただくことになりました🎉

このころ、Java/Scalaだけにとどまらず、フロントやインフラ、アプリなどの様々なエンジニアリング領域、そしてクリエーター全体でのブランディングを底上げするために、「クリエイターブランディングチーム」を立ち上げます。メインのリードは前述のよこなさんです。ブランディングチームの戦略について、CEOを巻き込んで重要性を理解してもらうことにも注力しました。

人事部とも協力して、社内のエンジニアが働いている様子のWantedlyの記事化にも取り組みました。

そうこうしているうちに、秋口のScala関西Summitが近づいてきます。

ここで、Scala関西Summitの2日前にScalaエンジニアの紹介記事をぶちこみます。 www.wantedly.com

これが功を奏し、Scala関西Summitに参加するエンジニアたちにFOLIOの名前をほのかに認知させることができました。そして、Scala関西Summit当日、瀬良さんと共同でreladomo-scalaのセッションで登壇し、OSSのリアルタイム公開に踏み切ります。

www.wantedly.com

Reladomoの持つ技術的な面白さに相まって、OSSをリアルタイムで公開すると言う試みでこのセッションがいい感じにバズりました。

そして、なんと、ここでの懇親会で採用につながったのが、先述の、現在FOLIOでバックエンドのリードをつとめるむらみんです。

2017年のScala関西Summitで採用された彼が2018年の同イベントで登壇するという流れもできたので、非常にポジティブなブランディングサイクルになっています。

www.wantedly.com

さて、Scala関西Summitでの直接採用は一人だけですが、ブランディング施策のインパクトとしてはこれにとどまりません。

時系列でみてみると、私がジョインした2017年5月からScala関西Summitが開催された2017年9月までのバックエンドエンジニアの採用は0人なのですが、2017年9月から2018年8月までのバックエンドエンジニア採用実績はなんと9人リファラル等も含まれるので単純なブランディングだけのインパクトは計れないですが、間違いなく効いてきています。

最初は漠然とした戦略として始めたものが、様々な偶然も重なった上で実際にブランディングの結果として目に見える形で成果が現れたのは非常に感慨深いものがあります。

ここで紹介した施策は主に私が関わっていたScalaにまつわるものですが、それ以外の領域でもクリエイターブランディングチームはエンジニア達の対外活躍を支援するとりくみをしてくれています。例えばアドベントカレンダーFOLIO Advent Calendar 2017 - QiitaFOLIO Advent Calendar 2018 - Adventar)、証券会社が2年連続で完走するのは非常に珍しいと思います。今後もFOLIOの技術領域の動向をウォッチしていきたい次第です。

エンジニアの組織のブランディングを確立していく上で重要なのは、対外的な訴求とともに対内的な訴求も強めていくということだと思っています。つまり、外部の人への認知を拡大するための施策をとるだけでなく、社内のエンジニアたちも自分たちの持つ技術力や開発力に自信を持って、もっとこの環境で働きつづけたい、自分の知り合いにも勧めたいと思えるような、正のフィードバックループが働くブランディングをしていくことが重要だと思います。そのためにも、DX(Developer Experience)の改善や社内勉強会の充実、OSSや外部コミュニティへの貢献の促進等、環境を整えていくことががとても大切になってくると考えます。この辺は今後関わっていくであろう様々なエンジニアリング組織でも突き詰めていきたいところです。

なぜ辞めるのか

FOLIOのビジネスはものすごく面白く、意義のあるものだと思っています。日本の個人の金融資産が約1800兆円あるといわれており、そのうちの半分以上である約960兆円が現金・預金が占めています(参考)。これまで様々な有識者や金融機関が「貯蓄から投資へ」を声高に叫んできましたが、この個人金融資産の半分以上を占める現金預金比率はここ20年以上変わってきていません。

フォリオのようなワクワクする、楽しく投資をするサービスが広まることで、今まで投資を選択肢に入れてこなかったような大勢の人たちが投資をしはじめる。それによって今まで循環してこなかった何兆円もの資金が投資に流れ、結果として経済を活性化させるという世界観は、ほんとうにエキサイティングなものであり、証券会社にエンジニアとして長年勤めてきた身としては今後はこのビジネスにコミットし続けていくものだと考えていました。最初の会社では12年働いたので、漠然と次の12年はFOLIOへコミットし続けていきたいなと考えていました。しかし、世の中そううまくはいきませんでした。

ここから急に重い話題になります。

2017年の11月、様々な複合要因から「抑うつ状態」と診断され、会社を休職しました。ほんとうに様々なストレス要因がからみあって引き起こされた病気だったため、ひとつずつストレス要因を解決していく必要がありました。

そこからは地獄のような日々が始まります。

最初は12月には復帰できそうな情勢でいたのが、復帰直前に再発、その後最悪な産業医面談による病状の悪化(詳細は省く)、リハビリによる回復等の紆余曲折を経てなんとか回復し、2018年の4月にようやく復職します。

この頃には当初の要因となった問題はほとんど解決されていたのですが、ひとつだけ大きなストレス要因が解決できていませんでした。これに関しては、もはや自分で解決できる問題ではなかったため、カウンセリング等を通じてその問題に対する見方を変えるしか方法はありませんでした。

休職中はベッドから起き上がれないくらい体が動かないような日々もあったのですが、復職後は身体への影響はもはやほとんどなく、仕事や日常生活は普通にこなせる状況まで回復していました。はたから見たら普通となんら変わらないように見えたと思います。

しかし、上記のひとつだけ残っていたストレス要因への対処がまったくうまくできず、精神的にはまだヤバい状態が続いていました。

どれだけヤバかったかというと、2018年のおおよそ5月〜9月くらいのTwitterの下書きがこんな感じで残っています。

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復職後にも精神的に苦しんでいる様子がTwitterの下書きから伺える

下書きにとどまっていて、実際にはツイートしていないのがポイントですね。これはつぶやいたらアカンという葛藤がみえる。

このような精神状態は、もはやカウンセリングでは全く改善されず、問題に対する見方も変わる気配がありませんでした。このころから環境を変えざるを得ないのではないかという考えが自分の中で大きく占め始めます。

とはいえ、とにかくFOLIOの目指す世界観、FOLIOの同僚たちも仕事も大好きだったので、どうにかしてこのままFOLIOでの仕事を続けらないか模索していました。自分の精神状態を悪化させている明確な要因はFOLIOの環境下に存在しており、これは私にとって非常にセンシティブな問題なので公表できないのですが、取締役を含む数人にのみ共有していました。会社は私の抱えている問題に対して真摯に対応してくれており、相当な時間をかけて解決に向けて協力してくれていました。

しかしながら、このように周りの支えもあったのですが、残念ながら復職から半年経ってもどうにも改善できない状況を鑑みて、退職を決意せざるをえませんでした。

自分としてはあまりにもつらい決断で、最初に退職の申し出をした際も、社長の部屋でわんわん泣いてしまいました。実はこの際に一度強く引きとめられており、一旦保留としていたのですが、数週間ほどぐるぐると終わりのない考えを繰り返し、それでもにっちもさっちもいかない状態になり、やはり最終的に退職を決断した、という流れになります。

【2019年1月30日追記】 ここに書かれている事は、私個人に特有の事情によるところが大きく、FOLIO自体には何ら問題はありません。むしろ問題は私の内面の方にあると言えます。FOLIOはとても良い会社で、前述のようにとても面白いビジネスモデルを持ってます。同僚も優秀で働いていて楽しいですし、特にエンジニアにとっては、複雑なドメインと技術領域にチャレンジできるとても面白い職場だと思います。私も自分の抱えている問題が解決できたらいつか戻りたいとも思える素敵な場所なので、そこのところは勘案しつつ読んでいただけると幸いです。

大丈夫なの?

現在はFOLIOでの最終出社日から約1ヶ月経っており、ストレス要因からは離れてゆっくり休むことができました。

今となってはそれまでの精神的な苦悩がほんとうに嘘かのように消え去っており、現在は毎日を晴れ晴れしい気分で過ごしています。新しい職場での新しい仕事に対しても、ものすごくポジティブなワクワク感を持っていて、環境を変えるということのインパクトの大きさを身にしみて感じております。

freeeとの出会いとこれから何をするのか

実はfreeeとの出会いは約4年半前にさかのぼります。当時ちょっと外の世界をのぞきにいっていた時期があって、Wantedlyを通じて当時まだ2,30人くらいの規模感だったfreeeのオフィス(当時は麻布十番と赤羽橋の間あたりにありました)に遊びに行かせてもらいました。CEOの佐々木さんとは中小企業のバックオフィスを強化したいというビジネスの話で盛り上がり、その後お話を聞かせていただいたCTOの横路さんとは技術的な話でもりあがったものの、「伊藤さんがフィットしそうなのはもうちょっとfreeeが成長して組織的な課題が出てきた頃な気がしますね」というお言葉をいただき、自分もそんな気がするなーという感覚をもってその場はお開きになった覚えがあります。

その4年後である2018年、Wantedly経由で再度お声がかかり、久しぶりにキャッチアップをしませんかというメッセージがとどきました。五反田のオフィスに遊びに行かせていただいて、その際は基盤エンジニアの求人でお話しさせてもらったんですが、面白そうなポジションではあったものの特にお互いピンと来る感じではなく、またkeep in touchしましょうねという流れになりました。しかし、その1ヶ月後くらいに「freeeの新規部署・組織開発チームの担当者を募集!」という別のポジションで求人が出されているのをネットでたまたま見つけました。これは非常に面白そうと思い、再度何人かの経営陣やエンジニアとお話しさせていただいて、エンジニア組織が拡大していく中でのさまざまな課題感を聞かせてもらいました。なんたる偶然か、まさに組織が成長したことによる課題が4年越しでいろいろと顕在化してきたところで自分が色々と貢献できそうな仕事です。こちらは順調に選考が進み、無事内定をいただくことができました。

freeeで取り組むのは「開発組織企画」という新しいチームで、エンジニアの組織的な課題を解決していくポジションになります。全く新しいポジションなので裁量をもっていろいろおもしろい取り組みができそうで、今からワクワクしております。

自分はかねてから、自分自身が普通の人の1.5倍のパフォーマンスを出すよりも、チームの皆がそれぞれ1.2倍のパフォーマンスを出せるような環境を整備してあげることで、10人の組織であれば12人分、100人の組織であれば120人分、といったスケーラブルな形で大きなインパクトをもたらす仕事に興味をもっているので、このポジションは非常に面白いことができるのではないかと思っています。

FOLIOでも取り組んでいたようなエンジニアのブランディング活動も、組織を拡大して強くするために必要な施策だと思うので、freeeでも同様な取り組みを牽引していければと思っています。

今後のもろもろに、ご期待いただければと思います。

Wish List

ほしい物リスト、置いておきますね🙏

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